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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)1284号 判決

上告人

三喜産業株式会社

右代表者

藤原伊太郎

右訴訟代理人

江村重藏

被上告人

日本通運株式会社

右代表者

広瀬真一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人江村重藏の上告理由第一点及び第二点について

倉荷証券の裏書人欄に裏書人である会社の記名がされ、かつ、倉荷証券を発行した倉庫営業者にあらかじめ届出がされた右裏書人の会社印が押捺されている場合には、会社の代表機関が会社のためにすることを示して署名ないし記名捺印をしなくても、これを適式の裏書として扱う商慣習法又は商慣習の存在は認められないとした原審の認定判断は、その説示及び原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨中この点に関する部分は理由がなく、その余の部分は判決の結論に影響しない傍論部分の違法をいうものにすぎず、いずれも採用することができない。

同第三点について

原審が、本件各倉荷証券について連続した裏書の記載があることを前提とする上告人の主張を排斥したことは、原判決文上明らかであり、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないでこれを非難するものにすぎず、採用することができない。

同代理人のその余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(谷口正孝 団藤重光 藤﨑萬里 本山亨 中村治朗)

上告代理人江村重藏の上告理由

第一点

原判決は倉荷証券の裏書の「署名方式」につき「会社の署名方式(会社以外の法人の署名方式を含む。以下会社に含まして論述する)にあつては裏書譲渡人欄に譲渡会社の記名をなし発券倉庫業者に届け出た会社印を押捺すれば適式の署名として取扱はれるものとして存在している商慣習」並びに右署名方式に関する商法六〇三条及び商法第五一九条が準用する手形法第一三条についての各解釈を左記の通り誤つている違法をおかしており而もこの違法は判決に影響を及ぼすこと明かなものである

(一) 原判決は理由二の(一)において「もつとも、原審証人藤原聰吉、同藤原邦夫、同伊原金三郎、当審証人飯田俊弥……以下当審証人森本功以下十八名の記載を省略する……同間瀬敏行の各証言、当審鑑定人有田喜十郎の鑑定の結果によると、倉庫業を営む会社においては、寄託を受けるに際し寄託者の社名印を届け出させ、第一審原告主張のような方式の裏書のある倉荷証券の所持人に対しても寄託物の引渡要求に応じている例が多いことが認められる」と認定している(一四頁一二行目から一五頁一〇行目まで)

然し斯る判示方法は極めて不完全であつて、果して原判決が第一審原告主張の前記署名方式に関する商慣習の存在を認定しているのか、どうか不明瞭である。然し原判決は右判示の前の方で「上告人は上告人主張の署名方式の裏書を適式の裏書として取扱う商慣習法または商慣習が存在する旨主張するが右商慣習法の存在を認めるに足る資料がない」と排斥しながら、商慣習に付ては之を排斥していないし、前記判示の後に続いて、「法人の代表者の署名を欠く裏書を有効として取扱う慣行の存在……」(一五頁一一、一二行目)、又後の方で「前示のような慣行をもつて……」(一六頁五行目)等「慣行」という用語を使用しているので上告人は前記原判示は原判決が前記「商慣習」の存在を認定判示しているものと解して以下論述する

所が前記の通り原判決は右署名方式に関する上告人主張の商慣習の存在を認定する証拠として証人藤原聰吉以下二三名の証言及び鑑定人有田の鑑定の結果を採用しているが左記各証拠を採用していないのは甚だ不当であり斯る原判決の態度は故意に右商慣習の存在を稀薄にせんと企図するものと考へざるを得ないのであつて採証法則に違反する違法をおかしている

(イ) 名古屋市東陽倉庫株式会社本店営業部長なる証人宮下弥一郎の証言並びに神戸生糸取引所事務局長なる証人為永礼三の証言

右証人為永礼三の証言は、神戸穀物商品取引所業務部長なる証人松田立男及び神戸ゴム取引所常務理事なる証人小西圭介の各証言と、其の内容は全然同趣旨であつて右商慣習の存在を証明している、然るに原判決は右松田証言及び小西証言は採用しているに拘らず右為永証言に限り之を採用していない。不思議という外はない

又右証人宮下弥一郎の証言の内容は、同人と同一職業の住友倉庫業務部業務課長なる証人飯田俊弥及び三井倉庫株式会社東京支店前総務課長なる加藤鉄夫其の他倉庫業者関係の各証人の各証言の内容と比較する時右商慣習の存在につき多少稀薄な点があるが大体に於て同内容であるに拘らず原判決が右宮下証言のみを採用しなかつたのは不思議である

(ロ) 甲第一五号証ないし甲第一八号証、北海道穀物商品取引所、前橋乾繭取引所、豊橋乾繭取引所及び関門商品取引所の調査嘱託に対する回答書四通

右書証四通は原審よりの右四取引所に於て受渡せられる倉荷証券の裏書の署名方式に関する調査嘱託に対する回答書である所、其の内容は何れも右署名方式は「会社名の記名と会社印の押捺だけ」の裏書であるが、かかる裏書の倉荷証券は古い昔から適式として故障なく受渡せられている事実、即ち上告人主張の商慣習の存在の事実を回答しているものである。かかる重要な書証を原判決が右商慣習認定の証拠として採用しなかつたのは如何にも不思議である

(ハ) 甲第九号証の一ないし一〇、株式会社住友倉庫大阪港支店が発行し、回収済みの倉荷証券一〇通

甲第一〇号証の一ないし一〇、株式会社杉村倉庫が発行し回収済みの倉荷証券一〇通

甲第一一号証の一ないし一〇、川西倉庫株式会社大阪支店が発行し回収済みの倉荷証券一〇通

以上三〇通の倉荷証券は何れも、住友倉庫、杉村倉庫及び川西倉庫が訴外天王寺農産株式会社(以下天王寺農産と略記する)に対し発行した約一千三百通余の倉荷証券の一部であつて(上告人原審提出昭和五二年一二月二〇日附準備書面第三項参照)天王寺農産が会社名の記名と会社印押捺だけの署名で裏書して流通に置き次いで右同様の署名による裏書だけで転々流通し最後の被裏書人が前記発券倉庫会社に持参して寄託物の引渡を受けたので、引換へに右発券会社が右倉荷証券を回収したものが書証とせられているものである。以上の証券の多くの裏書の中に於て会社名の外に代理人が会社の為めにすることを明示して記名捺印した裏書は日商株式会社のものが二ケ所あるだけであり而もその裏書の前後に連続する裏書の署名はすべて会社名と会社印の押印だけである。(甲第九号証の七、甲第一一号証の九)、そして前記三〇通の証券は上告人が前記約千三百通の送付嘱託申請したのに対し原審が多過るとして、前記三倉庫会社に任意に抽出して各一〇通宛原審に送付さしたるものであることを考へる時、他の千三百通近くの証券の裏書の署名方式も大部分が上告人の主張通りになつているものと推定できる。即ちこれらの書証に依れば上告人主張の「商慣習」となつている署名方式の裏書だけに依り倉荷証券を譲受けた所持人が、発券倉庫会社に証券に表示する寄託物の引渡を請求する時はその発券倉庫会社は異議なく其の請求に応じている事実が証明せられている。従つて右商慣習存在の最も有力な証拠であるに拘らず原判決が前記商慣習存在の認定の資料としてこれら書証を採用しなかつたのは如何にも不思議である

(ニ) 甲第八号証の一ないし二〇、被上告人港支店が発行し回収済みの倉荷証券二〇通

乙第三六号証の一ないし四、被上告人港支店が発行し回収済みの倉荷証券四通

以上二四通の倉荷証券は、何れも被上告人港支店が天王寺農産(但し甲第三六号証の四の一通だけは株式会社市川商店に対し発行したもの)に対して発行した約一五〇通と自称する倉荷証券の一部であつて(上告人原審提出昭和五二年一二月二〇日附準備書面第五項及び第六項参照)、天王寺農産が同社の記名印と会社印との押捺だけの署名方式による裏書で流通に置き、次いで同様の会社記名印と社印だけの署名方式による裏書(甲第八号証の二及び甲第三六号証の一ないし四の証券の裏書にあつては、右同様の署名方式による裏書ばかりの連続する中間に一個の会社記名印の外に会社代表者又は担当者個人が記名押印した署名方式の裏書が入つている)だけで、転々流通し最後の被裏書人が所持人として被上告人倉庫に証券表示の寄託物の引渡を請求してその引渡を受けたので被上告人港支店が引換に回収した倉荷証券である。そして上告人が右約一五〇通の倉荷証券より本件で争となつている二二通を除いた証券全部につき提出命令の申立をしたのに対し原審がその通数が多過るとして右のうち被上告人が提出を欲する証券だけを任意に抽出して二〇通だけを提出すべき事を命じたのに従ひ、被上告人が二〇通を任意に抽出して上告代理人に交付した倉荷証券を上告人が書証として原審に提出したものが前記甲第八号証の一ないし二〇である。そして乙第三六号証の一ないし四は被上告人が自己の回収済みの証券の中から上告人書証に対する反証として原審に提出したものである。そうすると被上告人が天王寺農産に発行したと自称する約一五〇通の倉荷証券(但し本件二二通の証券は除く)及び当時天王寺農産以外に発行した多数の倉荷証券の大部分の裏書の署名方式は上告人主張の通りの方式となつていることが強く推定できる。

而してこれら書証に依ると上告人主張の「商慣習」となつている署名方式の裏書に依り証券を譲り受けた所持人が、発券会社なる被上告人に証券表示の寄託物の引渡を請求する時は、被上告人は異議なくその請求に応じて寄託物を証券所持人に引渡している事実が証明せられている。のみならず被上告人自身も上告人主張の「商慣習」となつている署名方式による裏書を承認して倉庫取引及び倉荷証券取引を行つている事実が明白に証明せられている。原判決が前記商慣習存在の認定の資料として斯る重要な書証を採用していないのは最も不思議千万とする所である

(ホ) 原判決は全国全部の商品取引所に於て先物取引商品の決済の受渡用には全部倉荷証券が用いられ(現物は全然用いられていない)、其の受渡決済には全取引所が中間に入つて之を完了するものである所、其の決済の方法は売方(渡方)が倉荷証券に譲渡裏書をして之を取引所に引渡すと、取引所担当者が証券の裏書の適否及び連続を点検して瑕疵がないと認める時は、之を買方(受方)に引渡し買方は商品代金を取引所を通じて渡方に支払うというやり方であり、かくて取引所が点検後適正と認めて証券を買方に引渡した時は前記先物取引に依り渡方が負担していた商品引渡債務及び買方が有していた右商品引渡請求権は完全に消滅するとせられている。この際売方の倉荷証券の裏書の署名方式は殆んど全部会社商号の記名と会社印の押捺だけでありその前に連続した裏書の署名方式も殆んど全部同様である事実が証明せられている。

即ち北海道穀物商品取引所、前橋乾繭取引所、豊橋乾繭取引所及び関門商品取引所の四取引所は甲第一五号証ないし甲第一八号証に於いて同様の署名方式に依つている事実を原審に回答しているが、其の他の全国の全部の各商品取引所を代表した証人麻生、同森本、同上田、同高橋、同松田、同為永、同小西、同大沢、同金原、同渡辺、同田原、同坪井、同池田及び同間瀬の各証人は何れも取引所の受渡に用いる倉荷証券の裏書の署名方式は前記と同様であることを証言している。のみならず右各書証に於ても又各証言に於ても右署名方式は何時からとも分らぬ昔から行はれている事実及びその方式の適正については何等の疑問を抱かず当然の事として実行せられている事実も証明せられている

全国の公的機関なる全取引所に於て倉荷証券の裏書の署名方式が前記の通りに昔から、適法なものと認められて、当然のこととして行はれている事実は「会社商号の記名と会社印の押捺だけで完全であるという商慣習」が昔から成立存続している事実の最も重要な証拠となるものである。原判決がかかる最も重要な証拠を右商慣習存在の証拠として採用していないのは如何にも不思議であり、明かに採証法則違反の違法をおかしている。

(二) 原判決は理由二の(一)において「商法五一九条が倉荷証券等の有価証券について、とくに強い流通性の要請を考慮して手形法一三条を準用し裏書を方式化したことにかんがみれば裏書の方式に関する右規定は強行規定であると解すべきであるから、前示のような慣行をもつてこれに優先されることができない」と認定している(一六頁)。然しこの認定は右手形法一三条の規定の解釈を誤つた違法をおかしている

倉荷証券については、商法第六二七条及び第六〇三条に依り「記名式なるときと雖も裏書に依りて之を譲渡し又は質入することを得」と規定してあるので、裏書譲渡並びに右裏書概念が当然に包含する署名方式については商法五一九条に依る手形法一三条の準用を受けない(署名方式以外の裏書方式については手形法一三条の準用を受ける)、即ち倉荷証券個有の商法規制に服していると解するのが正しいと思料する。そして其の署名方式及び記名捺印の方式については商法上何等の細い規定がないのである。仮りに商法五一九条による手形法一三条の準用があるとしてもその準用手形法に於ても裏書の署名方式及び記名捺印の方式については何等の詳細な規定をしていない。双方共に学説判例の解釈に一任せられているだけである。

従つて明治三〇年代から手形の裏書の署名方式及び記名捺印方式の解釈に関し各種多数の判例が出ているし学説も多種多様に存在することは公知の事実である(最高裁判例解説民事篇、昭和四一年度三七四―三七七頁。判例時報四六四号四七頁右解説にかかる判決の上告理由書。鈴木竹雄著手形法小切手法(法律学全集32)一六四頁、一六五頁。参照)従つて倉荷証券の裏書の署名方式又は記名捺印方式として「会社名と会社印の押捺だけで適式とする商慣習」は商法第一条に規定する「商事に関し本法に規定なきもの」並びに法例第二条に規定する「公序良俗に反せずして法令に規定なき事項」につき存在しているのである。

調査に依ると倉庫制度及びその発券制度は明治初年頃から政府は外国制度輸入の為め調査研究するが、民間に於ては渋沢栄一等の洋行調査に基き大都市及び外国貿易港に於て明治早々より大小の倉庫事業が開業及び倒産を重ね来り明治二七年頃に至り基礎の確実な倉庫が存在する様になり、倉荷証券類似の証券を発行し、裏書に依り証券を移転することができることとなり而も全部単券主義を採用していた。然るに政府は明治三二年六月の新商法に於てこの商慣習を無視して複券制を施行した。従つて商法施行後もこの複券制が利用せられず単券主義となつているのは当然である。(財団法人日本倉庫協会発行、日本倉庫業史改定版一三頁ないし二三頁)。

そして倉荷証券の裏書の署名方式又は記名捺印方式に関する前記商慣習は明治二七年頃から発行し始められた前記倉庫証券に於て成立して今日に至つているものである。この間に於て手形についてはその裏書の署名方式又は記名捺印方式につき多くの各種の学説や判例が顕はれた中に於て、独り倉荷証券だけに付てはこれ等学説判例(極く初期には多少変つた判例が少し出ている)に影響せられることなく右商慣習が超然として存在し続けて来たのである。

上告人主張の右署名方式の商慣習については右の様な歴史があり、前記の通り商法等法令に規定なき事項につき存在するのであるから、仮りに手形法第一三条が強行規定であるとしても、右商慣習に依る署名方式はかかる強行規定と共存し得るものであり、原判決の如く何れが優先するかを論ずべきものではない。従つて原判決の右判示は手形法一三条の解釈を誤つている。

(三) 原判決は理由二の(一)において「受寄者がその方式(会社名と会社印との押捺による倉荷証券の裏書の署名方式のこと。――上告代理人注記)を争う場合にも法人の代表者の署名を欠く裏書を有効として取扱う慣行の存在までも認めることはできない」(一五頁一〇行目より)と断定するが、この判断は多量の証拠の判断を誤り、延いて上告人の主張する前記商慣習の解釈を誤つた違法をおかしている。

倉荷証券は寄託物返還請求権を化体するが、実際は寄託物を代表するので、寄託物の処分は倉荷証券を以つてすることを要し証券の引渡は寄託物の引渡と同一の効力を有することに規定せられている(商法六〇四条、五七三条、五七五条)従つて左記の判例ができている

(イ) 倉庫証券の提供は法律上現品自体の提供と同一の効果あるものとする(大正一一年七月二六日横浜地裁判決(大正一〇年(ワ)第五一四号事件))

(ロ) 本件契約当時大阪市の商人間に於て羅紗の売買につき特約なき限り契約品に対する倉荷証券の提供を以つて現物の提供と同一視する商慣習が存在した(大正一四年五月三〇日大阪控訴院判決(大正一一年(ネ)第七六九号事件))

次に商品取引所は商品取引所法に依り主務大臣の許可を受けて始めて設立し得る(同法八条の二)ものである外、同法に依り種々の規制監督を受け、以つてその健全な運営を確保することにより、商品の価格の形成及び売買その他の取引を公正にすると共に、商品の生産及び流通を円滑にし、もつて国民経済の適切な運営に資することを目的とする公的機関である(同法第一条)

かくて商品取引所は同法に依り自ら業務規程を定め、その中に於て売買取引に関する重要事項及び受渡しその他の決済の方法に関する細則を定めることを要し(同法七八条)、「商品市場における売買取引の決済は業務規程の定めるところにより、取引所を経てしなければならない、前項の決済に関する事務は取引所自ら行わなければならない」(同法八一条)と規定せられている。そして取引所に於ては売買取引の決済は右業務規程に依り倉荷証券に限られているので、売買取引の買方はその履行として倉荷証券を取引所より引渡された時は之を受取らざるを得ず、之を受取るときは自己の有する商品引渡請求権は消滅すると共に売方の商品引渡義務も又消滅するのである。即ち商品取引所内に於ては受渡に関する限り取引所の適正と認める倉荷証券は強制通用力を有している

そして、前記の商法の規定する場合、判例の判示する場合及び商品取引所内に於て決済する場合に於ては倉荷証券を相手方又は取引所に交付することを要するがこれを交付するに当つては裏書署名することを要する所、その署名方式はすべて上告人主張の通り会社にあつては「会社名と会社印との押捺による方式」即ち商慣習の方式に依つているのである。

従つて斯る署名方式の裏書ある証券を引渡された相手方としてはこの証券を以つて倉庫業から寄託物を証券引換に返還され得る自信がなくては斯る証券を受取る道理がないのである。又倉庫業者も前記の如き署名方式あることを口実にして寄託物の返還を拒絶したことは昔から今迄に一度もないのである。それは昔から斯る事実を請求原因とする訴訟の判決が一例も出ていないことを見ても分る。即ち倉庫業者は昔から上告人主張の署名方式の裏書ある証券を呈示せられても、当然有効として異議なく寄託品を証券所持人に証券と引換えに返還している事実が明白に分るのである

而も統計に依ると倉庫業者が全寄託物のうち倉荷証券を発券する商品は昭和二二年当時で僅か6.5%であり、昭和二四年当時では僅か3.6%にすぎない(財団法人日本倉庫協会編、続日本倉庫業史、四一九頁、四二五頁)。又原審に於て倉庫側証人飯田、同中谷、同川上、同宮下、同加藤、同岩村、同真野各証人の証言によると全寄託物中発券する商品は最近になつて甚しく少くなり、全体の一、二%位であり、其の用途は金融用もあるが大部分は取引所受渡用であることが明白にせられている。

そうすると全国にある倉荷証券の大部分は商品取引所の受渡用に使用せられていることが明白に分り、前記商品取引所側証人の証言及び回答書に依れば全国の全商品取引所に於ては前記署名方式の裏書を理由として昔から紛争が起つたことが一度もないことも分つたのであるから、倉庫業者は上告人主張の前記署名方式の裏書を理由として争はないと共に之を有効と認める商慣習が成立していることが明白になつているのである。

従つて裁判所外に於ては、仮りに倉庫業者のうち前記署名方式を争う者があつたとしても、他の一般の倉庫業者及び商品取引所に其の解決方を持ち込めば前記倉庫業者の証券取扱実情及び商品取引所の受渡実情に鑑みこの署名方式の裏書を有効として取扱うことは明白である。従つて倉荷証券の裏書については一般に「会社名と会社印とを押捺した署名方式」の裏書を有効とする慣行が存在するものと認めることができるのである。

要するに原判決の題書の判断は、上告人主張の昔から存在し商慣習にまでなつている署名方式につき、上告人が第一点(一)において主張した様に原審に顕はれた多くの証拠をなるべく少く採用し、其の方法により右商慣習の存在をなるべく稀薄にせんとする結果であり、前記の通り多量に存在する証拠の判断を誤り延いてこの証拠に依りその存在を認めうる商慣習の解釈を誤つた違法をおかしているものである

(四) 原判決は理由二の(一)に於て倉荷証券について「裏書人が会社その他の法人の代表機関が法人のためにすることを明らかにして自己の署名をすることを要すると解すべき所、本件倉荷証券の訴外天王寺農産の裏書は、訴外会社の同社名のゴム印と同社印の角印が押捺されているだけで、代表機関の自署ないし記名捺印がないから、右訴外会社の裏書として適式でなく、その効力を生じない」(一三頁六行目から一四頁六行目まで)と判示する。そして最高裁判所昭和四一年九月一三日判決を援用する。

然し上告人主張の倉荷証券についての裏書の署名方式に関する商慣習は本点(二)に於て上告人が論述した様に、商法其の他法令に規定なき事項につき存在するのであるから、たとへ手形に関する裏書の署名方式は前記最高裁判決の署名が適式で他の方式は適式でないとしても、倉荷証券に関する限り上告人主張の裏書の署名方式と、右最高裁判決の署名方式が共存し得るのであり併行使用し得るものと解すべきである

要するに原判決の右判断は商法六〇三条手形法一三条及び上告人主張の商慣習の解釈を誤つた違法をおかしている。

第二点

原判決は理由二の(一)において倉荷証券の裏書の署名方式として裏面譲渡人氏名欄に会社の記名をなし発券倉庫業者に届け出た印鑑を押捺するときは、会社の代表機関が会社のためにすることを明らかにして署名ないし記名押印をしなくてもこれを適式の裏書として取扱う商慣習法の存在を認めるに足る資料がない(一四頁七行目より)と判示する。然しこの判断は原審に於ける多量の証拠の判断を誤つた結果であり而もこの違法は原判決に影響を及ぼすこと明らかなものである

上告人主張の右証券の裏書の署名方式として会社商号と会社印を押捺するときは、これを適式の裏書として取扱う「商慣習」が昔から存在していることは、原判決も之を認定しているが(理由一四頁一四行以下一六頁七行目迄)上告人も第一点に於て詳論した通りである

所で商慣習が成立する為めには商慣習に法的確信又は法的認識が加はる場合においてその商慣習は商慣習法となるとするのが通説である(大隅著商法総則(法律学全集27)七九頁。田中誠二著商法総論一〇三頁。我妻著新訂民法総則(民法講義I)一七頁。)然し存在する商慣習の規範の性質がそれ自体で事実的、習俗的のものでなく、法律的のものであるときは当然にそれは商慣習法となるとする田中学説もある(田中耕太郎著、改正商法総則概論一九五頁)。又商慣習が法例第二条の規定する要件に合致するときは当然に商慣習が成立するとする川島学説もある(川島著、民法総則(法律学全集17)二二頁―二四頁)

右田中耕太郎説及び川島説に依れば、上告人の主張する署名方式に関する商慣習は、法律的のものであつて且つ法例第二条に規定する通り公序良俗に反せざる慣習であつて法令に規定なき事項に関するものであるから、其のまま当然にこれを商慣習法と解することができる

通説に従ふとしても、第一点に於て詳論した通り、原審に於ける倉庫会社側証人八人全部の証言及び全国商品取引所側証人一四人全部の証言並びに甲第一五号証ないし第一八号証の商品取引所回答書に於て、何れも上告人主張の前記署名方式が昔からこれでよろしいと考へて裏書がせられており他から何等の異議故障も言はれず支障なく行はれて居り、今後もこれでよろしいとしてこの方式に依つて行く積りであるとの趣旨をそれぞれ述べているという事実は全国の商品取引所全部及び倉庫業者等全国の倉荷証券取引業者大部分が右商慣習につき法的確信を持つている事実を証明しているものである。又、被上告人会社始め住友倉庫、杉村倉庫及び川西倉庫が天王寺農産に対し発行した約一五〇〇通の倉荷証券の一部なる甲第八号証の一ないし二〇、甲第二号証の一ないし二二、甲第九号証の一ないし一〇、甲第一〇号証の一ないし一〇、甲第一一号証の一ないし一〇及び乙第三六号証の一ないし三、合計七五通の証券の裏書の署名方式が全部上告人主張の通りである事実(この証券の中数枚は会社記名の外にその担当者の記名押印がある裏書があるがその裏書に連続する前後の裏書は総て上告人主張の署名方式に依つている)、而もこれら証券は本件証券二二通を除き全部寄託品を所持人に返還して回収したものである事実は、被上告人ら前記四倉庫業者が右署名方式に法的確信を以つてその裏書を承認していると共に、天王寺農産と黙示でかかる署名方式の商慣習法に依つている事実を証明している

従つて原判決が頭書の如く上告人主張の署名方式に依る裏書を適式の裏書として取扱う商慣習法の存在を認めるに足る資料がないと断定したのは前記の如き多量の証拠の判断を遺脱したか又は誤つたかの何れかの違法をおかしている

商取引は営利主義に基く結果、個性を有せず、多量に反覆して行はれ、而も不断に反省を伴う故に技術的、進歩的、合理的に行はれるから商人は絶へず自己に都合よき法律技術や慣行を案出創造することとなり、其が商慣習となるので、沿革的には商法典は商人間に発生したこの商慣習を成文化したものであると言はれている程であり、又どれ程成文法主義に依つても、成文法は人智の不完全と商取引の進歩合理化のため完全を期することは不可能であつて、必ず欠陥があるものであり、この欠陥を補充する為め絶へず商慣習が発生し必要に応じて其が商慣習法として成立するに至ることはどの著書に於ても書いてある実情である(田中耕太郎著改正商法概論一九五頁一九六頁。大隅著前記商法総則、八四頁。田中誠二著商法総論、一〇三頁。我妻著新訂民法総則(民法講義I)一七頁。)

特に倉荷証券について言へば、商取引に於ては商人は商品が大量であり安全を期すべきものは必ず営業倉庫を利用するものであり其の内必要に応じて倉荷証券の発行を受けて商品取引所に廻はしたり金融のため之を利用するものである所、斯る証券は商人の一部課に於て担当者が一任せられている商品と同様に、取扱うことを一任せられているのみならず、右倉庫は一般に港湾地区とか、河川、運河沿いにあるため、通常商人の会社より遠隔にあり、証券の発行、受取、譲渡等に会社重役の押印を求める暇がない程多量、早急に取引せられる為め、担当者は倉荷証券に付いても予め会社商号を書いたゴム印と会社印とを預けられており、其の裏書譲渡に当つては受任の範囲内に於て上告人主張の様な会社の署名方式の裏書をして其の表彰する商品の売買をしているというのが実情である

従つて倉荷証券は前記の通り大量商品取引の用具であることと、発券倉庫が遠隔にあることとの為め必然的に昔より(商法制定前より)其の裏書の署名方式につき上告人主張の通りの商慣習延いてその商慣習法が成立する素地があり遂に完全に其が成立して今日迄存続しているものである

この様な事例は白紙委任状附記名株券の譲渡手続が明治三〇年三月三日言渡の大審院判決以来多数の大審院判例に依り商慣習法として成立していることを認められたことがその一つである(松本蒸治著旧法学全集、会社法一〇八頁。田中耕太郎著増訂改版会社法概論四四一頁より四四五頁迄)

又白地手形の流通も、手形法制定の当初から商慣習法として今日に至る迄判例学説に依り認められていることは前記事例の一である。手形法の如く厳正を期した法律についても斯る商慣習法が成立した事は如何に商慣習法の成立を阻止することが困難であるかを証明している(田中耕太郎著手形法小切手法概論三〇六頁。大隅著、商法総則(法律学全集27)七九頁)

所が倉荷証券の裏書には上告人主張の前記署名方式の裏書が商慣習法として存続しているとしても原判決の判示する様な会社商号を記名し其の代表者又は代理人が会社の為めすることを明示して記名捺印する署名方式の裏書も一部存在することは明白である。然し白紙委任状附記名株券の譲渡手続が商慣習法として認められた結果、昭和一三年の商法改正に依り記名株式の裏書譲渡が法定せられ、又昭和二五年の其により譲渡証書の交付に依る記名株式の譲渡が法定せられた後に於ても、これら法定の譲渡方法と併行して白紙委任状附記名株券の譲渡手続の商慣習法が認められていたのである。(最高裁判例解説民事篇昭和二九年度八八頁。同解説昭和三一年度五九頁。松本蒸治著注釈株式会社法八〇頁ないし八二頁)又白地手形流通の商慣習法に付ても手形法制定の当初から白地手形が完成手形と併行して流通している事実は一般に顕著な事実である。

従つて倉荷証券に付ても上告人主張の署名方式の裏書と原判決判示の前記署名方式の裏書が併行流通しても上告人主張の前記商慣習法の存続には何等の影響を及ぼすものではない。

かくて成立存続している倉荷証券裏書の署名方式に関する商慣習法は一旦成立した後に於ては制定法をも変更し得る効力を有しているものである(田中耕太郎著改正商法総則概論二〇二頁、二〇三頁。大隅著、商法総則(法律学全集27)八四頁、八五頁。我妻著新訂民法総則(民法講義I)一九頁)、其は白紙委任状附記名株券の譲渡手続の商慣習法が当時の商法一五〇条を変更する効力を認められ(川島著民法総則(法律学全集17)二四頁。)、白地手形の流通は現在も手形法第一条第二条の規定を変更しているのが顕著な事実であるのと同一理由である。

従つて倉荷証券の裏書の署名方式に関する上告人主張の商慣習法も制定法を変更する効力を有することを認めるのが相当であると思料する。従つて又仮りに右証券の裏書の会社商号の記名の外に代表者又は代理人が会社のためにすることを明示して記名捺印する署名方式が、商法五一九条の準用する手形法第一三条の規定する署名方式そのものを意味すると解せられるとする場合は、上告人主張の商慣習法は右手形法第一三条の署名方式を変更する効力を有して、会社の記名と社印を押捺した署名方式を適法なものとしていると解するのが相当であると思料する。

従つて又原判決二の(一)に援用する最高裁昭和四一年九月一三日判決(一三頁一〇行目)は、手形の裏書署名方式としては絶対的であり他の署名方式を認めるべきではないとしても、手形とは異り該権証券ではなく担保的効力もなく、その取扱方法も前記の通り手形とは大いに異り商品其のものと同一に取扱はれている倉荷証券にあつては、右手形の裏書署名方式と併行して、上告人主張の商慣習法となつた署名方式を適法と認めても差支へないし又之を適法と認める必要があると思料する

第三点〈省略〉

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